走り梅雨

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 ――また、あんなことを言わせてしまった……  未だに成長しない自分にため息を吐きながら、深月はガラスのテーブルを拭いた。  昨晩は、うんざりするほどの雨が降っていた。  そのせいだけとは言い切れないことは分かっているけれども、あの日を繰り返すようなことだけはしてはいけなかった。  きっと、先生に逢ってしまったせいだ。  そうしてそっと思い出すのは、神野の顔だった。  幾度も打ち消して、もう思い出すことが困難になるのではと思うほどに年月は経過していた。  それにも関わらず、会った瞬間に先生が先生だと分かってしまった。  そんな自分が怖く、またどこか嬉しさも感じていた。  けれど、戸惑うばかりで、ぶつかることも怖くて――今さら先生に何を言ったらいいものか、何を問えばいいのかも分からなくて逃げ出した。  そして逃げた先にいる雅人に、また深月は甘えてしまった。    そんな自分をどうにかしたいと思っているのに、変わらない自分がもどかしくウンザリしてしまう。  他人事の様だけれど、どうしてこんな自分に雅人が付き合ってくれているのか不思議でならない。  もう、大事な20代の前半をかなり捨てさせてしまった。  そんな負い目もあって、深月は雅人を突き放すことは出来ない。  けれどこのままでは駄目だとは思っているのだ。  そんな取り留めのない思考が、頭の中をぐるぐると巡っていて、何も定まったものがない深月は、投げやりな気持ちそのままに雑巾を床に投げつけた。  ――抱いてあげようかなんて、どうして言ったの?  悲しげに俯いて、自分を傷つけると分かっていてもそう言ってくれた雅人。  あの日――あの5年前のただ1度の交わりが、2人を雁字搦めにしている。  そしてそれを紐解くモノは何もなかった。  何もなかったはずなのに……
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