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薄々と、関係の破たんが見え始めていた。
けれどそれに見ぬふりをして、深月は逃げていた。
逃げて逃げて、逃げ続けて。
その先なんて、何の保証もないのに、逃げることしか考えられなかった。
ただもう、いろいろな過ちを二度と繰り返したくないその一心だ。
そんな訳の分からないループに陥っていたら、時間の経過を忘れていたようで、気がつけば社長室に奥谷が立っていた。
「や、藤咲君。おはよう」
「おはよ……っ!! しゃ、社長!」
「どうしたんだい、朝から大声で」
「えと、あの、」
時間の経過も、仕事の始まりすらも気づかなかった自分に焦って、周囲をあたふたと見回す。
そうしてようやく目に止まった時計が、とっくに奥谷の出社時刻を過ぎていたことに、目を丸くした。
「も、もうしわけ」「おやおや、雑巾がこんなところに」
悠長な喋り口調で告げながら、深月が投げつけた雑巾を摘まみあげる。
そうすると、深月が分かりやすく顔色を変えたのを見て、奥谷はにんまりと意地の悪い笑みを浮かべた。
「それは、その」
「ん?」
投げつけたのだろうことは分かっていて、それでも深月に言わせようとする奥谷。
どんな言い訳をするのか、聞いてみたい一心で、意地悪く問う。
しかし深月は、ある意味予想を裏切らない形で、奥谷を満足させる返答をした。
「投げつけたくなって、勢いで投げました。申し訳ありません」
言うなりに頭を下げると、深月はさっと雑巾を奥谷から取り上げて、急いで社長室を飛び出した。
その様子にあっけらかんとしながらも、やはり深月が深月であることに笑いが込み上げる。
「くくく、本当に藤咲君は嘘がつけないな」
何を知っているわけでもないのに、笑いが止まらず、奥谷はクツクツと笑いながら、社長席に腰を掛けた。
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