序章

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 時の流れの一切が、そこにはないようだった。 「人はこの場所を“常若(とこわか)の森”と呼ぶ――」  森。そう、そこは森だ。数え切れないほどの樹木が空間を満たしている。視界に映るのは悠然と揺れる木の葉。支える幹の太さ、地面の茶色の土にさえ、みずみずしさがただよう。  今は冬――  木々を包むのは底冷えするような冷たい空気。けれど森の色彩は衰えを知らない。春も夏も秋も冬も、木々(かれら)は若々しい。  気温や太陽の陽差し――そんな森の“外”から与えられるものだけが、季節を知らせてくれる。  変化しない樹木たちにとって、四季の移り変わりというものが、どれほどの意味があることなのか…… 「そう……季節は隠されたまま」  森は静かだった。動物の息吹のないこの森は、真の意味で静かだ。  彼が足を踏み入れたときでさえ―何にも気づかないかのように、何も変わらずに。  ――否。 「気づけない―お前たちは」  それが契約だ。  豊かな葉が邪魔をして、空はよく見えない。しかし光は完全に遮られることはない。  木の葉の隙間から、木漏れ日が降る。  ――朝方の、白い陽光。  外の光が森の表情を変えていく。  深い色、明るい色。グラデーションがもっともあざやかなるこの時間―― 「昼でもなく、夜でもなく……この時が必要だった」
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