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それから小一時間、俺は爆睡している姉を起こしてやった。
姉貴はぐちゃぐちゃになった黒髪をふんわりヘアーに整え直しながら、不思議そうに「どうして私、あんたのベッドで寝てたの?」と聞くので、面倒臭いけど説明してやったら、「記憶にない。あんた、変なことしてないでしょうね」って……傍迷惑な上に馬鹿げた疑いをかけてきやがった! 死ね、氏ねじゃなくて死ね!
それ以降、お互いに言葉を交わすこともなく、姉はデートに行き、俺は昼飯とゲームを同時にこなしてからアルバイトに出かけた。
最寄り駅の近くに構えるイタリアン料理店で、厨房のアルバイトを始めて早半年。仕事にもこなれてきて、客足の遠のく時間帯になると、時間を持て余すほどの余裕が出来る。
それはホールの方でも同じらしく、ウエイトレス姿が粋な片桐先輩が、いつもだべりに厨房の中まで来てくれる。
人懐っこい先輩で、お客さんとは必ずマニュアルにない言葉を一つ二つ交わすことを信条としている。実質、お客さんからの評判も良い。
高三の女の子には珍しい殊勝な性格は、一つ上の先輩だからという単純な理由からじゃなく、素直に尊敬に値する。
「今日はお姉さんと何かあった?」
片桐先輩が真新しい玩具に関心を示す子供のような目を向けてくる。
「いつもいつも新鮮な話題があるわけじゃ無いですよ」
「たしかに。それはその通りだ! ……ないの?」
「あります」
「聴きたい聴きたいっ」
子犬のようにはしゃぐ片桐先輩は、一人っ子であるためか、姉という不可思議な存在に妙な幻想を抱いている。
現実の姉は果てしなく面倒臭く、思い出しただけで憎たらしくなる、耳の裏の垢のような存在だというのに。
早速、今朝の姉とのやり取りを話したら、
「お姉さん可愛いところあるよね。一緒に居るだけで楽しそう」
と、不覚にもまた一つ幻想を抱かせてしまった。
終いには「私にもそんな愉快なお姉さんが欲しかった!」と残念さを微塵も感じさせずにはにかんだ。
いったい今朝の姉貴の何がいいの? まるで分らない。
「そこまで言うなら、俺の姉貴と会ってみてほしいよ」
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