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いいさ、どうせ一分もすれば帰ってくるだろう。と、高を括っていたのが凶と出た。
片桐先輩がお客さんと話し込むのはたまにあることだけど、まさか五分後に俺の名前を呼んで「お姉さん着た!」と嬉しそうに戻ってくるなんて。
何かの冗談だろうか?
半信半疑でホールの方を覗く。
デートへ行っていたはずの姉が、物憂い気にテーブルに頬杖を付いてガラス越しから空を見上げていた。
とても“楽しかったデートから帰ってきた”風ではない。
俺は帽子とエプロンを脱いで姉に駆け寄った。
今朝セットし直していたはずの姉のふんわりヘアーが、まるで踏み均(なら)された雑草のように草臥(くたび)れている。
よくよくみると、髪の毛が濡れている。びしょ濡れというほどではないけど、この良く晴れた日に、多少であれ濡れている事自体が不自然だ。
「そういやここは、愚弟がせこせこと働いている店だったわね。入るまで忘れてた」
無愛想な姉貴が、枠に嵌らない服装で、開口一番にそう言った。
この状況でたまたまはないだろ。
俺が居ると知ってて来たんだろ?
「とりあえず、何か言いたいことがあるなら、聞いてやらなくもないぞ」
「じゃ、ナポリタンのチーズ多めとワイングラスを一つ。それとお冷も持って来て、セルフとかダルいから」
「お前なあ……。ナポリタンのチーズ多めはなんとかしてやるよ。未成年の飲酒も見逃してやる。後は俺のすることじゃない」
「あんたそれでもこの店で働いている人間なの? お客様の私に対してお冷の一つも持って来れないなんて、なってないわー」
今すぐこいつから“お客様”のレッテルを剥ぎ取って殴り飛ばしてやりたい……。
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