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今回の対象について、下調べは済んでいる。
名前は柏木沙苗、17歳。高校二年生。交通事故により頭を強打し一命はとりとめたものの、意識が回復した後、記憶喪失である事が判明した。何故彼女が対象になったかは資料に明記されていなかったが、柏木という名字から考えれば見当はつく。おそらく、一般区では名のしれた柏木グループの娘、だろう。
愛しい愛娘の為に最新の技術を、か。試行段階というのを考えると特別区の奴らに上手く言いくるめられたのかも知れないという気がしなくもないが、本人はどう思っているのだろうか。そうでなくとも、花の女子高生生活の真っ只中で記憶喪失なんて考えることも多いだろうに。
「こちらです…失礼します。」
ノックをして中に入ると一人の少女がその身をしっかりと起こし行儀よくこちらに向けていた。さすがはお嬢様だ。一つひとつの動作が精巧である。大人数の来訪にも動じていない。資料を見ていなければ、もっと大人の女性に見えるかもしれなかった。しっかりと野に立つハルジオンのように見えた。
「今回の事について説明などはもう済んでいるな。」
「はい。何卒よろしくお願いします。」
挨拶もままならず、随分と単刀直入だ。本当に対象の人間性なんてどうでもいいらしい。もしかしたら人間にすら見えていないのかも知れない。こんな態度によくこんなにも笑顔でいられるものだ。俺なんてこっちを見ていないのをいい事に本業の敵意を剥き出しにしているというのに。高校生から学ぶことは多そうだ。どうやら花に例えたのは間違いではないらしい。記憶喪失とはまるで思えない。家柄、身体に礼儀作法が染み付いているのだろう。
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