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その日響いた産声が、運命の歯車が軋んだ音だと、誰が気付けただろうか。
人々は祝福の言葉を捧げ、父母はその言葉に応える。
まるでその赤子が愛の結晶であるかのように。
確かにそこに愛はあった。ただそれは子を成す類のものではなかった。
そこにあったのは神への忠義。
その赤子は忠誠の結果。
循環<メグリ>の神への忠誠を示すために、彼らは子を成し循環の義務を果たした。
そして数週間の月日を経て、母は子を抱き父に告げる。
「この子も連れていっていいかしら?」
父は驚いたように目を見開いてから言葉を返す。
「俺は特に構わないが、お前の相手は気にしないのか?」
「あの人からね、一緒に育てたいって言われたの。私の子なら父親が誰であろうと愛しいって」
嬉しそうに語る彼女に、彼は柔らかな笑みを浮かべる。
「さすが、お前が愛しただけのことはある」
「でしょ。私も惚れ直しちゃった」
日もまだ登らず、薄暗い明け方。
母はまだ眠りの中にある家々を見渡し、まだ眠りの中にある我が子をしっかりと抱きなおす。そして父に目を戻した。
「そろそろ行くわ」
「ああ。お幸せに」
父の別れの言葉に母の表情がとびっきりの笑顔に変わる。
故郷も仲間も騙して捨てて愛に突っ走る、そんな愚かな自分に協力して温かな励ましの言葉をかける彼の存在は、彼女にとって救いであることに間違いなかった。
「ありがとう。あなたにも早く特別な愛が見つかることを願っているわ」
「......ありがとう」
彼は苦笑混じりに礼を返し、形式上の妻と本当の我が子を見送った。
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