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『ひ、ひぃっ』
「さっきから勝手に横で騒ぎやがって、オイこら誰が宿探しだといったよ、いついった、えっ?いついったんだよっ!!」
『あわわ、いやそのごにょごにょ…』
「てめえみたいなのを邪魔者 のけ者 嫌われ上手ってんだ、下らねえ文句並べてヒト様の道行き邪魔しちゃなんねえ、よおぉく覚えときやがれっ!!!!!!」
『ひゃひっ!!』
「ふんっっっ」
殺人者から逃げる子供のように小さくなって離れていく男を脇目に睨みつけ、モルガは鼻息荒く背中の荷物を背負い直した。
ふと気づけば空にはわずかな星が瞬き、誰もがゆっくりと夜の戸張が降りるのを肌で感じはじめているようだった。
左右には、先ほどのような引き込み男や女が必死とばかりに客を宿に誘う姿が多く目立ち、さすがに宿場を素通りするものはほとんどいないようにみえる。
そこから見れば、この旅人モルガはやはり特異な存在であった。
なぜならば、どの客もモルガのように汚れきったような身なりをした者はいないからだ。
黒く染めた布で頭を固く巻き、初めは何色だったかわからなくなってしまった衣服に、鍛えた脚のしなやかさがなぜか、一見フツウの旅人ではないようなたたずまいをみせる、モルガはそんなオトコだった。
食い縛るように結んだ口許はいつも不機嫌そうに下向きになり、目許には人懐こさの欠片もない、いつも鋭さと殺気に輝いているようだった。
あらかた客を押し込み、満足そうに賑わう宿屋によって道ゆく者たちが歩く姿は、モルガを含めてまばらになってきていた。
ふと。足元に一陣冷たい風がふく。
風は宿場を滑りぬけ、新たな場所を求めて駆け抜けてゆく。
足早に宿場を出ようとしていたモルガの身にも、風は容赦なく吹き抜けた。
「………わかってるよ。オレにはまだやるべきことがあんだ。」
誰にともなくふと立ち止まり、また誰にともなく小さく小さく呟くモルガの声に気づいた者はいない。
「わかってるよ。オレにはこれしかないんだ、わかってるよ……。」
また呟いたモルガは自分の呟きに軽く驚いた。
「…。」
風でほんの少し緩んだ頭の布を固く、巻き直す。
ふと見上げた空はさっきよりも夜の色が濃い。
再び道に視線を向けたその目は、ただ、光輝いている。
ふっ、一息ついたモルガはまた、歩き始めた。
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