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今でもこうして見舞いに来てくれる。
本当に幸せだと思う。
「母さんも連れてこようと思ったんだけどね、仕事が忙しいってさ。」
「そうか。」
娘は月に三回は見舞いに来てくれる。
妻に似て本当に優しく、清らかに育ってくれた。
俺の自慢の一つだ。
「ここは何度来ても気持ちの良い場所だね。」
「そうだな。」
病院の中にはとても広く青々とした芝が広がって、心が落ち着くような気がした。
こんなきれいな景色を妻と眺めたかったと、そう思う。
娘もいて、孫もいる。
なんの不自由もなく、幸せだ。
そう思う、だけど、いつも心にポッカリと穴が開いてしまっているかのような喪失感がある。
「そうだ、お前タバコは吸わないのか?」
「実は最近吸うようになったんだ。」
孫は照れ臭そうにそう言った。
「銘柄は?」
「コレ。」
その手には赤色が全面に映えた箱が乗っかっていた。
「ラーク。」
それは俺がずっと吸っていたタバコだった。
入院するまで吸っていた相棒だ。
「懐かしいな。」
入院して一年以上経つが、久しぶりにその顔を見た。
「すまん、一本だけ吸わせてほしい。」
それは唐突に出た言葉だった。
はっきり言って自分でも驚いている。
「ダメだよ、体にさわるだろ。」
それは当然の反応だろうな。
でも俺の気持ちは押さえられなかった。
「一本だけで良い。」
俺の必死な姿に、孫も動転したが、俺自身どうしてしまったのか理解できなかった。
「一本だけだよ。」
孫は俺の必死な姿に折れて、タバコ一本とライターをよこした。
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