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エントランスの自動ドアをくぐった俺は、夢から覚めたような気分だった。
幼少期から美羽の都合に合わせてそれなりの回数の引っ越しを体験してきたが、引っ越して一週間のこれといった特徴もないマンションに、これほどの安心感を抱くとは思わなかった。
安心感というより、現実味か。
エレベータ特有の浮遊感を感じながら、頭の中では一人立つ花梨の姿が浮かんでいた。
あの後、戻ってきた花梨は何もなかったかのように、笑った。徒歩五分のコンビニにお使いに行った帰りです、と言われても信じてしまいそうなそんな笑顔で、
――ただいま。
と花梨は零(こぼ)した。
そして教室にいた時よりもヘリコプターに乗っていたときよりもずっと明るい笑顔で、シラタマに初めて会った時のような笑顔でおしゃべりをする彼女の表情を、人間らしいと思えなかった。そんな風にしか思えない自分を嫌悪した。
――チンッ。
浮遊感が収まり、扉が開く。
もちろん花梨は誰も殺していない。それどころかほぼ無傷の状態で犯人たちを捕らえることに成功した。でもカメラを通して見た花梨の表情には、勝利の喜びも、成功の達成感も、ましてや失敗の悔しさも映っていなかった。
花梨は何を思ってあんな表情をしたのだろう。
花梨は何を思って犯人を捕らえたのだろう。
花梨は何を思って引き金を引いたのだろう。
花梨は“聖盾【アイギス】”になることを、本当に望んでいるのだろうか。
「ただいま」
鍵を開けながら帰宅を告げる。チェーンロックは大抵かけていない。
ドアを開けて体を滑り込ませる。鍵をかけなおしているうちに、シラタマはさっさと先に行ってしまう。今更薄情だとも思わない。
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