First part:始業式

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 日常に戻った感覚、とでも言えばいいのだろうか。それともやはり夢から覚めた、の方が適切か。胡蝶の夢と違うのは、こちらも、あちらも、現実だという点だろうか。  それでも俺はどこかで、あの学園でのできごとを夢だと思っているのかもしれない。  ちょっと悪い夢を見ていたような。  目が覚めてしまえば笑ってしまうような滑稽な夢を見ていたような。  そんな夢から覚めたことを、安堵する自分が心の底にいる。  ……はあ。  ため息を零してしまう。 「切り替えないと、な」  考えなきゃいけないことは多いけど、香奈に勘付かれるわけにもいかない。考え事はとりあえず後回し、今は引き戸が開けられずにリビングに入れないシラタマを助けてやらないと。  早くしろ、とでも言っているかのようなシラタマの視線に急かされて、道を作ってやった。 「かな、かな、あーん、あーんっ」 「あ、ちょ、みぞれちゃん!? 近い近い近い近いよ! そんなに焦らないで――え、ちょ、乗らないで――あッ!!」  リビングの扉を開くと妹と居候がプリンを被っていた。  ……これはこれで夢のような、というか非日常、というか……混沌【カオス】。 「……何、やってんだ?」  思わず訊ねてしまった俺の足下を、シラタマが華麗に通り過ぎっていった。日の当たりのよい定位置までとことこと歩いて行くと、ぐてんと寝転がる。 「あ、お帰りなさい、お兄ちゃんお兄ちゃん」 「かずき、おかえり。……うぅ、ぐちょぐちょする」  スプーンを握ったまま仰向けに寝転がる香奈の上に、うつ伏せのみぞれ、さらにその上に定価一九〇円の〝とろける歯ごたえ! 黄金のまろやかプリン〟が乗っている。駅前のスーパーのお手製で、商品名にセンスはないが反比例して味は絶品だ。三九〇円でも買ってやろうと俺は思う。っていうかそのプリンは俺のだ。蓋に名前書いておいたのに……。 「えーと……ごめんなさい?」  罪悪感はあったのだろう。香奈が気まずそうに謝った。
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