First part:始業式

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「なんで語尾が疑問形なんだよ。……まあ、気にするな。怒ってないから」 「ホント?」 「ホントホント。それに食うって言い出したのは、どうせそっちの野良猫だろ? お前は食べさせてただけで」 「むう。野良猫、ちがうし」  みぞれがぷぅっと頬を膨らませて睨んでくる。威厳は欠片もない。  プリンを食べたいと言ったことは否定しないようだ。あと、香奈に食べさせてもらってたことも。 「はあ、お前に食われないように名前書いておいたんだけどな……猫に日本語は読めなかったか」 「隣のプリンは甘く見えるものなんだよ」 「お前は自分のだろうと他人のだろうと、あればあるだけ食うじゃねえか」 「……照れるぜ」 「照れてろ」  照れたみぞれの頭からプリンが落ちる。香奈の腹の上にべちゃぁ。ショックで香奈の顔もぐちゃぁ。  見渡すまでもなく目に入ってくるのは、明りが点いたままのPCデスク。起動されたままのオンラインゲームのアカウントは、俺のものでも香奈のものでもない。昼ドラ中のテレビ画面は、春休み中の香奈の楽しみの一つだったが、それも今日で終わりだ。俺よりも一日遅れて、明日からは香奈も学校に行かなくてはならない。部屋の隅には未だに数個の段ボールが積まれている。それでも引っ越し直後に比べたら随分片付いたものだ。きっと俺一人ではこうはいかないだろうけど、香奈の家事スキルは一級品だ。残りの荷物も気づいた時には綺麗に片づけられてしまっているだろう。  ――もっとも、最大のお荷物は消えるどころか馴染み始めているんだけど。  はあ、とため息を零す。  最近ため息増えたなあ、はは。 「とりあえず、みぞれは風呂。香奈は服換えてこい」 「うん、ちゃちゃっと洗ってきちゃうね」  素直な香奈と対照的に、 「えー。かなぁー、髪の毛洗ってよぉ。目に泡が染みるよぅ」  みぞれは相変わらずだった。
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