First part:始業式

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「……はあ、分かったよ。香奈呼んできてやるから、先に風呂場に戻……れないか。ちょっと待ってろ」 「……かずきが洗ってくれないの?」  泡が入らないように目を閉じたまま、無邪気な顔を向けてくる。  バスタオル一枚のほんのりと桃色に染まる素肌があまりに扇情的すぎる。経験の少ない高校生には思わず頷きたくなってしまう蠱惑的な誘いだった。 「……って、お前遊んでるだろ」 「半分なー、ぐす」  頭が痛いのは半分ではなく本気のようだ。 「とにかく、香奈呼んでくるから、ちょっと待ってろ」 「えー、やーだーぁっ! かずきがいーい!」  うわっ。  断言されるとドキッとする。 「かな、呼んだら泣いてやるんだから」 「なんで俺が悪いみたいに……大体、もう泣いてるじゃねえか」 「ふんだ。まだみぞれちゃんは三割の力も出してないんだよ」  なんの話だ、と言いたいのをぐっと堪えて、目を閉じたままのみぞれの手を握る。 「髪の毛、洗ってやるだけだからな」 「だいじょうぶ。わたしはかずきがヘタレチキンだって知ってるから」 「嬉しくない評価をどうも。――ほら、行くぞ」  みぞれの手を引いて、浴室へ向かった。  腕まくり、足まくり、靴下を脱ぎ捨てて浴室に入る。もちろんみぞれは目を閉じたまま、俺はみぞれの手を握ったままだ。  動かなければ、喋らなければ、みぞれは間違いなく美人の部類に入るだろう。  幼児のような白い肌には傷一つなく、日本人離れした髪や瞳には妖艶なまでに美しい。幼さすら覚える無邪気な笑顔と、鋭利さすら覚える冷たい色の瞳と髪。純粋無垢なようでありながら妖艶さすらも醸し出す素肌。老若、善悪、正邪、曲直、相反する魅力を備えた捉えどころのない美貌が、バスタオル一枚にくるまれて無防備な様を晒しているのだから、剥がしてやりたくなる奴の気持ちが分からんでもない――が、人は成長する。俺だってもちろん最初は異常だと思ったさ。でも、数日も一緒にいれば自然と慣れてくる。こんなことにももう慣れた……はずだ。
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