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不意に、みぞれに声をかけられた。
痛いところでもあったのだろうか、と思い尋ねてみたが、違うー、と間延びした声を返された。
「学校、楽しかった?」
目を閉じたままの顔でみぞれが尋ねた。
「うーん、……どうだろうな」
「楽しくなかったの?」
「まだ一日目だからな、っていうのもあるけど……楽しくはなかった、かな」
泡を立てる手を止めずに答えた。みぞれはみぞれで、どうでもよさそうに「ふーん」。
「お前の名字、葛城【かつらぎ】っていうんだな」
「あははぁ、みぞれちゃんはみぞれちゃんだよぅー」
驚く様子もなくみぞれは答える。
『葛城』という姓はみぞれに聞いたものではない。首に掛けてあったネームプレートには『みぞれ』としか書いてなかたし、みぞれ自身も自分のことは『みぞれちゃん』としか言わなかった。
「お前はさ、学校には行かないのか?」
「わたしがいなくなったらPT【パーテイ】が壊滅しちゃうよぅ」
補足すると、みぞれがやっているオンラインゲームの話だろう。
「俺は別に、お前が学校に行っても行かなくてもどっちでもいいんだけどさ、明日からは香奈がいないからな。昼飯作ってくれる奴がいないんだよな。そうなると、パーティメンバーの前にお前が死んでそうで恐いよ」
「うぅ……。な、なんとかするし!」
現状、一人で髪の毛も洗えない時点で説得力はない。
「まあ、好きにすればいいさ。俺もお前に学園生活は似合わないとは思うしな」
「えへへ、照れるぜ」
「照れてろ」
正直に言ってしまえばみぞれが学校に行こうが行くまいがどちらでも構いはしない。もちろんそれが香奈なら全力で学校に行かせるが、みぞれは所詮ただの居候であって同居しているだけの他人にすぎない。
でも、みぞれは家族だ。
いつまで一緒にいるのかも分からない不安定な関係だけど、今こいつが、一緒に寝て、起きて、食事をして、生活を共にしている家族であることは確かなんだ。
みぞれの意志を尊重してやりたい。
自由気ままな猫のようなこいつに、他人からの押し付けは似合わない。
でも、できることなら。
みぞれにはこの家にいてほしい。
この白猫のようなみぞれに、花梨のような顔をしてほしくない。
真っ白な泡を洗い流しながら、そう願った。
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