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『緑川』
名前を呼ばれ、緑川葉月は手中の文庫本から視線を離した。書面から離れた視線が、目の前に立つ少年の肩辺りをさ迷う。
『……何の用』
『これ』
ぽんっと机の上に放られたのは、葉月が所属する3―Eの学級日誌だった。
『今日、オレとお前が日直じゃん? 悪いけどさ、オレ忙しいから書いといてくれよ』
それだけ言うと、少年は葉月の返事を聞かずに駆け出してしまった。軽い足取りだ。思わず視線だけで後を追えば、少年の向かう先には別の少年が待っていた。恐らく、友人なのだろう。
文句の一言も言えないままに視線を前へと戻せば、机の上に鎮座する学級日誌が嫌でも目に入ってきた。
『……はあ』
溜め息を一つ吐き、葉月は学級日誌を机の中に入れた。その際くしゃりという音が聞こえたが気にしない。少年が放り投げた時点で、既に学級日誌の角は折れていたのだ。
『…………』
そのまま口を噤み、無言で読書を再開する。現在読んでいる文庫本の内容はコミカルなはずだが、文字を追う葉月の眉間には皺が寄っていた。
―――――そう言えば。さっきの奴、なんて名前なんだろ。俺と日直一緒ってことは、まとかみ、むから名字始まるよな。たしか、松井っていたような気が……。
そこで葉月は、自分が本に集中出来ていないことに気が付いた。不機嫌な瞳の上、眉間の皺が更に深くなる。
『……はあ』
再度溜め息を吐き、葉月はページに視線を落とした。
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