雪道

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 差し迫った状況でなければ、極力聞きたくなかった。  こんな閉じられた社会で、噂されるのは何よりも苦行に違いない。 「でしたら、ここで降りて、この左に進んで、ビニールハウスの手前の家ですよ」  そう言って、バスは緩やかに止まった。 「え?」 「停留所ではないですが、ここで構いませんよ。お客さんしか乗ってませんから」  その心遣いが有難くて、精算機に150円を投入して、丁寧に頭を下げた。  都内だったら、絶対に無い。  そもそも、声なんかかけられたこともない。 でも、ここはそうじゃないんだ。 「ありがとう、ございました」 「はい、お気をつけて」  いつも、乗り降りする人にそう言っているのだろう。  意外に若い運転手は、俺を降ろすと、ジャリンジャリンと、神社の鈴みたいなチェーンの音を響かせて遠ざかって行った。  温かい気持ちでバスを見送ると、なにか違和感があった。 バスの目的地は公民館だったはずなのに。  ”回送”になっていた。 「へ?!」 なんなんだ? 公民館とやらに行かないで、車庫とかに帰ってしまうのか?? いくら辺鄙なところだからって、ソレで良いのか?  訳が分からない。  いつまでも唖然と佇んでいる場合ではなかった。 バスの中の暖房に温められた体は、すぐに熱を奪われる。  暖かさを知ってしまえば、寒いことなんて我慢できない。 1時間外で待てていたことが嘘のように、急いで道を歩き出した。
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