1.北地

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 彼の勘はいい。だが、  ドゴッ  その剣をビンセントは難なく避け、ブレッドの腹にけりを食らわせた。ブレッドが剣を落としひざをついて咳き込む音が聞こえる。  ビンセントはその剣で手のロープを切った。後ろ手のせいもあって、ロープと一緒に手も切り裂いてしまったが、今は気にしている暇はない。 「リーク!」  ビンセントはその名を叫びながらライナを自由にし、走り出す。  煙で姿は見えないが、リークが自分の足元を走っている気配をビンセントは感じた。  ビンセントはすでに準備しておいた魔術をリークにかける。 白い煙の領域を抜けたとき、リークはまた少年の姿にきちんと変わっていた。 「リーク。」  ビンセントの呼びかけにリークはうなずく。この姿であるときはビンセントがリークの名を呼ぶだけで、ビンセントが彼に何をしてほしいのかが伝わる。  リークの背から短い金糸を抜く。彼の背にまた白い翼が現れる。そのあとリークはライナの真後ろを走った。 「待て!」  後ろからは王国政府の者たちがあわてて追いかけてきている。  ビンセントは走りながら金糸で大きな扇子を二つ作り出した。一度扇子を後ろに向けて大きく振る。強風が巻き起こり、追っ手の邪魔をした。  ビンセントたちはそのまま全速力でまっすぐ山を駆け抜け、 「あっ!」  ライナがあわてて立ち止まろうとしたが、後ろにいたリークが彼の肩をしっかりつかみ、地面を蹴った。ビンセントも途切れた地面の端を思い切り踏み込んだ。  ディランは逃げるビンセントたちを追いかけた。捕まえたいわけじゃない。逃げきる姿が見たいのだ。  そのとき山の木々で暗いはずのその先から、まばゆい光が木々の幹の隙間からあふれこんでいるのが見えた。兵士たちは減速 するが、ビンセントたちは迷わずその先を踏み越えた。  ディランとジェームズ、ドリル、それに苦しそうなブレッドがゆっくりとその山の端に立ち、ビンセントたちを見送った。  そこは高い高い、崖だった。  リークの翼は太陽を反射し、まばゆい光を放ちながら力強く羽ばたく。ビンセントは大きな扇子を両手に一つずつ持ち、器用に風を操って空を飛んでいた。
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