1.北地

11/13
前へ
/189ページ
次へ
 ディランは顔に笑みが広がりそうになるのを抑えて彼らを見つめる。ただ、隣にいるジェームズは隠さずにニタニタ笑っていた。 「何なんだ、あいつ。」  魔術師はたいていは口を使い呪文を唱えて魔術を創る。だから言葉遣いなどで左右される魔術をきれいにかけるための矯正として、丁寧なしゃべり方をみんな使う。我流で行く例外もいるが。 そのしゃべり方を乱すほど動揺しているドリルにディランは答えた。 「ビンセントは、【魔王】と呼ばれる世界最強の大魔術師・クリントの弟子でありながら、そのクリントの相棒である武術師・ドランに鍛えられた男ですよ。」  ディランはビンセントたちに背を向けて、山を降り始める。 「おい、ディラン。どうするんだよ、これ。【今回のシナリオ】はないのか?」  ブレッドがディランの横に来る。ドリルも一緒だが、彼は口をむすっと閉じている。ディランに助けを求めるのが嫌なのだが、求めずにはいられないのである。  だが、残念ながら【今回のシナリオ】、言い換えれば、【失敗隠しのウソの報告】はないし、別にしなくても平気だ。私たちの方は。 「正直に言うのがベストなんじゃん。それにビンセントを見つけただけで、こっちは喜ぶだろうし。」 「うるせーぞ、人妻キラー。てめーには聞いてねぇ。」  ひょうひょうとした様子のジェームズをドリルとブレッドが睨みつける。ディランはブレッドの『人妻キラー』という言葉に一瞬顔をしかめた。ジェームズは平然としているが、このジェームズの異名をディランは気に入らない。だけど、それが事実である以上、ディランには何も言うことはできなかった。  もっと皆仲良くしてもらいたいのだが、それも無理な話だ。  ドリルとブレッドは上流魔術師家に所属し、ディランは上流武術師家に所属している。ジェームズはどっちつかずの無所属である。所属・階級重視のこの世界では相容れるのは難しい仲だ。 「確かに、正直に言うのが私もよいと思います。私たちが足手まといだったと報告してください。」  実際に、自分は戦えないし、ジェームズは何もしていなかった。何もできなかったというのもあるかもしれないが。
/189ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加