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大輔は七草を持っていない自分の手が恥ずかしくなった。帰ってくるべきではなかったと思った。書初めをしている従兄の隣で、これから彼はじっと座っていなければならない。それがとても辛かった。
ほら、早くあがって。==ちゃんが書初めしてるよ。横でお母さんと一緒に見ようよ。
玄関の段差に座りっぱなしだった大輔に、母が笑っていった。その調子は先程と違いひどく陽気だった。
大輔はもうどうしようもないと思い、ついに泣き出してしまった。母はもう従兄のものになってしまい、二度と大輔を褒めることはないと思った。どうしたの、と尋ねた母に大輔は、
「七草買えなかったのね、違うの、みんなが悪いの。みんなのせいなの」
と言った。口走った彼自身、みんなが誰かは分からなかったが、これ以外に彼のお使いをぶち壊した何者かを表す言葉はないように思えた。(母はその言葉を聞いて、そうなの、と頭を撫でるだけで、彼のいうみんなを信じているわけではないようだった)
ふと奥の間から何かが走る音が聞こえた。音の軽さでそれは従兄のものだと知れた。それは、どんどんこちらに近づいてきている。もうすぐこちらにやってくる。従兄がここに現れる。
大輔ははっとして、靴に足をねじ込むと横町通りの市の方へと走り出した。
飛び出した外の空気は冷たいままで、濁った息と涙のせいで、世界は大きくねじれ曲がっていた。早く、早く、早く。七草を今すぐに手に入れなければ。
涙を押し込めようと見上げた空を、大輔よりもずっと素早く小鳥たちが通り過ぎ、横町通りの上空あたりを旋回してから、あざけるように彼方へと消えた。
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