一月 七草

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 そして、今である。  背の高い大人たちが塀のようになっているせいで、大輔は、自分がどこにいるのか分からなかった。低い視点から見えるのは足と足の間からのぞいた屋台の断片と、やたらにせせこましくなった真昼の青い空ばかりで、こんな小さな子供が迷っているというのに、助けてくれる人は誰もいなかった。助けを求めようとして大人の顔を見ようとしても、逆光のため、全てが全て黒いのっぺらぼうに見えるそれらに、声をかけることはできなかった。  すずしろ、なずな、ほとけのざ……  雑踏に満ちるざらざらした音に打ち負けないように、大輔は歌った。そうしないと厚みのあるその音に脳みそが押し流されてしまう気がした。  七草だけは忘れられない。ぜったいに、ぜったいに。  そのために持たされたあのメモは、見ようと懐から出したとき、後ろの足に押された拍子に、どこかに落ちていってしまった。焦った大輔が早く目的地に着こうと、やっさんの店を探しても、足の合間で切れ切れになった屋台の様からは、どれがそうかは分からなかったし、分かったとしてそちらに向かう自由はなかった。  もう成す術を無くした大輔は人の流れに動かされるまま、地面に落ちた小石の数を数えたり、近くの女が着ている着物の柄を眺めたりした。 つまらなかった。なぜ、誰も、  おつかいなの、えらいね。迷ったのかい、俺が連れてってやろう と言ってくれないのか。  俺らの日陰で寒かろうな、俺のカイロをやろうなあ と言ってくれないのか。  大輔は泣きそうだった。だんだん顔が火照ってくるのが分かるのに、細い指先はかじかんで冷たかった。この世の全てが大輔を責めて、泣け、泣け、と囃しているようだった。
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