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二時間ばかりじっと、退屈で長い時間を、人の流れを見ながら立っていると、柴山という、「亜」のもとで、役者をやっていた男がロン毛を切り、黒い毛糸のキャップを被り、僕の方へやって来て、「どうも」と苦笑をして帽子をとり、スキン・ヘッドを見せ、大和田町のほうへ、歩いて入っていった。彼は「亜」と意見が合わず、「亜」が苦心しても思うように使えない、「亜」にとっては喉に刺さった魚の骨のような存在で、彼のほうで入団しているのを嫌い、また、「亜」のいうとおりにはなるまい、と退団を決意したのだ。唯一、時代の前衛に巻き込まれず、己の好きな詩文学誌に詩を掲載し、矛盾しているかもしれないが、皮肉にも、その文学の前衛的な風潮の渦中に巻き込まれてしまう。やがてはそれを断念し、訳者として生計を立てる事になるんだが、その頃の「現代詩手帖」に、一編の散文詩が載ったことがある。内容はハロゲン現象のような、まばゆい世界を、その光りに照らされたテラテラとしたものだった。何故か僕の顔を覚えていて、謙虚にも遜って、はにかみながら挨拶していったのだ。僕はあんな頭のいい大学生が、僕を認知したのに感心した。
もう立っているのも疲れてきたので、看板をビルの大きなガラス窓に、逆さまに立てかけ休憩をとることにし、シモンちゃんのいる方へ出かけた。シモンちゃんは自動車の通らない道路の真ん中で「白鯨」を読み、通行人に避けて通られ、看板を持ちながら立っていた。
「やあ、そろそろコーヒーでも飲みに行かないか。」
「そうしようか。」 本を閉じ、彼女は看板を、会館の前に置き「ロロ」に二人で入り、コーヒーをたのみ飲んだ。
「メルビルは面白い? 」
「うん、何か構成力があって、迫力があり、面白いわよ。」「今日、山口が十二時で仕事を終えるので家へ来ない? 」
「うん、それもいいね、そうしようか。麻雀でも久し振りにしようか? 」「面子が一人足りないな。」
近くにハットを被って、看板を持っていた遠藤という、僕と同郷の三つほど、歳の若い男に話を持ちかけたが、
「僕は丸八にいって酒を飲むんです。」と断わられたので、道玄坂でテレクラの看板を持った、なよなよとした、十大君に話を持ちかけた。彼は、
「いいのお、わるいはねえ、私、どうせ行く所がないから、おじゃましようかしら。」と承諾した。
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