中国女―メゾフォルテ  春野一樹

12/38
前へ
/38ページ
次へ
彼は十一時に仕事を終える。「らんぶる」が十二時までやっているので、僕ら三人と十一時半に、待ち合わせの約束をして、油を売るのをやめ、夫々の仕事に戻っていった。長いながい三時間をいらいらのんびり過ごすと、その日の日当がもらえた。看板を店に返し、「らんぶる」に行った。僕と十大君とホット・コーヒーを飲みながら、山口君とシモンちゃんの夫婦を待った。  十二時になり彼女と彼が現れた。山口君は「ナポリ」というソープ・ランドでタオルの洗濯、乾燥、折り畳み、セットを地下室の蒸し暑い所でしていたので、顔が蒸気して赤く、汗をかいていた。僕、喉カラカラだよ、と言ってビールをたのみ飲んだ。十大君と僕とシモンちゃんと、山口君の四人で井の頭線下北沢で小田急線に乗り換え、向が丘遊園で降り 山口君の部屋へなだれ込んだ。インスタント・ラーメンを作り、皆で食べ、腹が一杯になると、テーブルに毛布を被せ、雀卓をこしらえ、パイを引っくり返した。今日は国士無双をやるぞ、いや大車輪だ、四暗刻だ、緑一色だ、大三元だ、一気通貫だ、といいながらジャラジャラと、パイを混ぜ合わせ、   「バシュラールの現象学は、フッサールに負う所が多いが、でもあのローソクの炎の中心ほど青味が帯びる、というのは意味深だね。」   「サルトルはそんなロマンティックな感傷で、哲学を物質の現象に、喩えて表現するのはいけないと言っているけど、どうだろう、サルトルほどの大先生ともなるとバシュラールは小粒で、取るに足らない、センセーショナルなものではないんだね。」   「ふふふ、私は芸能界の方が興味があるわ。美川憲一とか美空ひばりとかはなやかじゃなあい。」十大君が口を出す。シモンちゃんが、   「それ、ロン。メン、タン、ピン、ドラいち、バンバン満貫。」   「八千点。」   朝の六時まで座り続け、ラジオでクラシックを聴きながら、麻雀をすると、皆、気持ちが弛緩してきて、眠くなってきた。センベイ布団を敷き、毛布をかけてザコ寝をする。   午後一時頃、それぞれ眼を覚まし、シモンちゃんがチンジャオロースーを作ってくれた。皆でそれをつまみ、朝食とし、渋谷に向って電車に乗った。シモンちゃんは、   「私、お風呂に行くから先に行ってて。」と言った。
/38ページ

最初のコメントを投稿しよう!

1人が本棚に入れています
本棚に追加