1人が本棚に入れています
本棚に追加
十一時十五分、僕はひなぎくの2階に上がり、板場の隅でクッパの夕食をご馳走になり、加藤さんから渡された切符と引き換えに、五千円を貰って宇田川町に出た。そして十二時四十五分の終電まで飲もう、と横丁に入り、汚くもなく高くもなさそうな、小ぎれいな入り口のある、飲み屋「たらちね」に入った。店は混んでいたが、カウンターの席がひとつ空いていた。そこに21,2歳くらいの、若いミドル・カットの髪をした、かわいらしい女がタバコを吸いながら、一人で焼酎を飲んでいた。僕は親父とその女に、いいですか、と断わり席に座って、冷酒とにしんの山椒漬けをたのんだ。僕は、隣に座って一人で飲んでいる女が気になり、まあ、僕みたいな貧乏人には興味がないんだろうな、モデルみたいな感じもするし、僕みたいなもんでも良かったら、相手になっても、いっこうにさしつかえがなく、仲良くなれたらいいなと思った。
絹代は空になったグラスに、氷と焼酎と水を入れ、マドラーでかき混ぜながら、この若僧、金もなさそうなのに、こんな高級な店に、よく入ってこれたもんだ、と隣の男を見つめた。そしてまあ、あんまり不細工でもないし年も若く見える、とチラッと顔を横からのぞいた。青年は横目で彼女の顔を眺めていた。眼が合ってしまった。
僕は女が僕を見たので、もしかしたら、この女は、僕に興味を持ったんじゃないのか、と感じ、恥ずかしくなり、眼をそらした。僕はいいんだが、この女は僕みたいな貧乏くさく、美青年でもない男が、何で気になるのかなと思い、何か軟派ではないが、話しかけてみようかと考えた。
最初のコメントを投稿しよう!