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そう口から出まかせに言って、絹代は少し後悔した。こんな男とフレンドになるのかしら。まあ、ヒマ潰しにはなるけど。
僕は女がむきになったので、これは文学系だなと思った。映画や演劇ではない、しんどくなってきたなあ、まぁいいか、文科系ならヒモつきってこともないし、怖いお兄さんが控えてるって事もないし、いずれセックスするにしたって悪いことはないだろう、と思って聞いてみた。
「どこにお住まいですか? 」
「目黒。」
「お仕事、モデルですか? 」
「事務。」
「よかったら、あなたを何て呼んだらいいんでしょう。初対面ですが。」
「きぬ。」
絹代はこうなったらどうとでもなれ、と自棄になってきた。私の部屋へ来たってかまやしない。
「きぬさんですか、いい名前ですね。」僕は煽ててみた。意に反し、地味な仕事をしている。それでこの美貌とセンスの良さだ。ガールフレンドにしても悪くない。
「せっかくお近づきになれたのだから、冷酒一杯、奢らせて下さい。」
僕は財布の中を、頭で確かめながら、口説くのはまだ早いかと思い、
「よかったら、また、お会い出来ないでしょうか? 電話番号でもいいんですが、教えていただけたら幸いなのですがー。」と方向変換した。
絹代は、やっぱりきたか、金もないのに、奢るなんて。電話番号聞いてくるのは金、貯まってからの話なんだな、このフリーターめ! でも彼女の口から出たのは、
「03-××××―○○○○」だった。思わず口走ってしまったのだ。男はそれを店の親父から、紙とボールペンを借りてメモしている。まあいいか、電話ぐらいなら。
僕はきぬという、若い美人の女の電話番号を紙に書きとめ、金ももう残り少ない、帰りの電車がなくなる、と思い、彼女にこういい残して、勘定を払い店を出た。
「電話してもいいんですね、じゃあ明日にでも。夜は家にいるんでしょう?」
絹代は一人残り、ああ、あの六時頃感じた胸騒ぎ、予感というものはこれだったのかと思い、焼酎の水割りを、揚げだし豆腐と一緒に飲み込み、その場を切り上げた。
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