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僕は夕食の食材を買い求めるべく、綾瀬のイトーヨーカ堂に向っていた。グレーのチノパンツとモスグリーンのセーターを着、ブルーのアンダーシャツを着て。ちょっと古びたカーキの靴がぎこちなかったが、やや不具合に我慢しなければいけないことを除けば、申し分ないショッピング・スタイルだった。
僕は入り口に立ち、あらかじめ書き留めておいたメモを開いた。生鮮コーナーに立ち、ピーマンとオニオンとズッキーニをカートに入れ、スパイスのコーナーに向った。バジルとセージをそこから選び、はてさて、これ以上は必要ないなと、うろちょろしていると、同じマンションの男に出くわした。彼は大きなポリ袋を両手に抱えていた。
「こんにちは。」僕も「こんにちは」と言った。彼は額に汗をかいて少々疲れ気味に
「どうですか、コーヒーでもいかがですか。」と言った。僕は急いでもいなかったので
「いいですよ、そこのコーヒー・コーナーに行きましょう。」と答えた。
彼は席に着くなりハンカチで額の汗を拭い、しきりに床に置いた買い物袋を置き直したり、持ち上げたりしていた。そして一段落すると、僕の顔を照れ臭そうに見、
「実は、僕は今、困惑しているのです。」と言って背広の内ポケットから数枚の便箋を取り出した。
「こうなんです。別れた妻から手紙があって、その内容が実に奇妙なんです。」彼はぶ厚い手で、その便箋を広げ僕に読んでくれと言った。僕はそんな人のプライバシーを覗き見することはいやだったが、彼の真剣な態度に、やむやむ読んでみようとした。内容はこうだった。
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