呼ぶ女

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……それじゃ、元気で。 明るくそう言い残し、部屋を去ろうとする男の背中を、女は思わず追い掛けた。             待って! 玄関のドアを開けて外に出た男に、女は咄嗟にそう言った。 だが、その先の言葉が出てこない……。 夏の蒸し暑い外気がそこにはあり、いつのまにか降り出した霧雨が、夜の闇を濡らしていた。 男は、夜の空を仰ぐようにして見上げ、深く息を吸い込む。そして、立ち尽くす女に一度だけ振り返り、優しく微笑んで、軽く片手を上げた。             霧雨の中に遠ざかる男の背中。 その後ろ姿にかける言葉が見つからないまま、女はただ立ち尽くしていた。 その背中が闇の中に見えなくなり、霧雨が女の体を濡らしても、いつまでもじっとその場所に佇んでいた。                                     そして、その一ヵ月後。 遥か遠い異国の海で、 男の船は姿を消した。
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