待つ女

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女は四月で八十五歳になった。             今年も桜を見ることが出来た。 誕生日の頃、庭先の桜の木が満開になる。縁側で背中を丸めて座りながら、今年の花見が恐らく最後だろう、と女はいつも思う。だが、そう思い始めてから、もう何年目かの春を迎えていた。 女は雪深い東北の田舎町に生まれた。幼い頃の記憶から、「貧しさ」は切り離せない。十九歳の時に親の持ってきた縁談で一緒になった夫は、七年前に先に逝ってしまった。生真面目で頑固な夫との間に子供が十人生まれたが、長男は夫より先に病気であっけなく逝ってしまった。       そんなに長く縁側に居たら、風邪をひいてしまう、と嫁の迷惑そうな声が座敷の奥から聞こえてきた。優しくたしなめるような声ではなく、怒鳴りつけるような苛立たしい声だった。 死んだ息子の嫁は、女に優しい言葉をかけたことがない。四十半ばで夫に先立たれた嫁は、その後再婚することもなく、四人の子供を育て上げ、ずっと女と共に暮らしてきた。 口を開けば、キィキィとした声で女に文句ばかり言う気の強い嫁だが、女は嫁に感謝していた。こんな年寄りを見捨てず、一緒に暮らしてもらって、申し訳ない、と思っていた。 広い屋敷に嫁と二人暮し。その嫁も、雪のない季節は田や畑へ農作業に出掛けてしまうので、女はひとりの時間が多かった。時々、近所に住む友人たちが、女を訪ねてきて雑談をしたりもしたが、大抵はひとりだった。女は天気の良い日は縁側に背中を丸めて座り、庭の草花を眺めながら、誰か訪ねてくるのを待った。
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