カミングアウト

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  ――この女も言うんだろうな。 “そんな人だったなんて” どこの少女漫画から引っ張り出してきたんだっていう、そんな捨て台詞。 勝手に妄想して、それは男女お互い様なんだろうが。 人間って本当、難儀な生物。 「いいよ」 俺がそう言うと、俯いて膝を擦り合わせていた女の肩がピクリと動く。 その顔が上に向けられるのを待つ間、頭の中でいつものあの言葉を用意する。 でも今回はそれと同時に、いつもと少し違うな、なんてことを思った。 女に呼び出されたのは、人目のつかないトイレで、それも普段使われることのない最上階の一番端、学生が使う教室から遠く遠く離れたトイレ。 そんでもって、俺を気遣ったのか馬鹿なのか、この女が指定してきたのは男子トイレの中だった。 俺が『いいよ』と言って、跳び跳ねたり地団駄したりもしない。 初めてだ。 「……」 やっと顔を上げる女と目が合う。 声も出さずに、ただ俺を直視してフリーズ。 いや、これ、驚いてるんだろうけど。 大丈夫かな、倒れたりしないよな。 なんだか不安になって、思わず聞いてしまった。
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