シキとキセツ

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 よく晴れた、初夏の朝。 「バカ親父ー!!」  高宮家に怒鳴り声が響いた。 「なんだこの領収書の山は!! あんだけ溜めんなっつったろ!! 何度言や分かんだ!!」  噛み付いてくる息子に社長は悪びれずに答えた。 「だってー、キーくんがやった方が確実だしー」 「だってじゃない! いい歳したオッサンがそんな声出すなキモい」 「ねぇねぇキーくん。こっちとこっち、どっちのネックレスが合うと思う?」  そんな二人の間に割り込んできた女性がいた。 「こっち。渚さんには小ぶりの方がイメージに合う」 「ありがとー。キーくんのセンスは間違いないから朝会えて良かったー」  渚と呼ばれた女性はいそいそとネックレスを付けた。  高宮家自宅兼、TMプランの事務所は朝から騒がしかった。  弱小芸能事務所・TMプラン。小さいながらも、テレビや雑誌でたまに目にするアイドルやモデルが所属していた。その社長である父親に輝雪(キセツ)はいつも頭を悩ませられていた。細々とした雑用はもちろん、所属タレントのコーディネートやスカウトなど、中学生ながら一手に担っていた。怒鳴り声のひとつも上げたくなるだろう。  父親にせめて領収書を一ヶ所にまとめておくように言って、所属モデルの渚にはコーディネートにOKを出して、家を出た。 「マジメに一発、ドカンとヒットがほしいなぁ」  呟きながら自転車を漕いで学校へ向かった。  やっぱり跡取りとして事務所は大きくしたい。所属タレントはそれぞれ光るものを持ってはいるけど、業界では弱小事務所だと位置づけられていた。 「ダイヤの原石、とか落ちてないかな」  輝雪は『売れ線レーダー』を持つ。そう名付けたのは父親だが、原石を見つけてくるのがうまかった。渚も輝雪のレーダーに引っかかったクチだ。  だけどまだ、ダイヤの原石を見つけるには至っていなかった。  自転車を置いて教室へ向かう。  晴れた初夏のこと。今日の日の出会いが輝雪の運命を変えることを、まだ彼は知らない。
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