シキとキセツ

5/20
前へ
/31ページ
次へ
 社長と渚は揃って輝雪を見ていた。二人とも目をぱちくりさせている。  それもそのはず、あの輝雪がおかしいのだ。いつもは社長よりもしっかり者と評されている輝雪がここ数日、ミスを連発している。十部でいいコピーを百部してしまったり、制服を前後ろ反対に着てしまったり。コーヒーに塩を入れてしまったときは、社長が犠牲になった。 「あの……輝雪くん……? 最近どうしたの……?」  ついに見ていられなくなって、社長が尋ねた。 「え? なにが?」 「いやいや!! 自覚なし!? 最近おかしいよ!!」  輝雪はガシガシ頭をかいた。 「……気になってる、子がいて……」  その言葉に社長も渚も色めき立つ。 「キーくんもしかして」 「社長、これはもしかしてもしかすると!?」  二人は顔を居合わせる。 「恋!?」  社長と渚の声が重なった。 「は!?」  大声を上げる輝雪を無視して二人は話を進める。 「いやー、あのキーくんにもついに春が来たかぁ」 「せーいしゅーん! ねぇねぇ社長! 『お前に息子はやらん!』とかやるの!?」 「いやいやむしろ大歓迎だよ。可愛い子ならなおよし!」  口をパクパクしている輝雪を放置して、二人は盛り上がっている。輝雪はわなわなと震えた。 「話を聞けー!!」  いつものごとく、事務所内に輝雪の怒鳴り声が響き渡った。 「ったく……」  輝雪は海沿いの県道を歩いていた。あの二人の追及がうるさすぎて、買出しと言って出てきたのだ。切れかけていた風呂場の電球だけ買って、家路に就く。  あれ以来、あの声の持ち主とは遭遇できずにいた。同じ学校なのは確かだが、生徒なのか先生なのかさえ分からない。友達に聞いてもみたが空振りだった。  どうやったら、会えるのだろうか。  その時だった。輝雪は驚きのあまりばっと顔を上げる。海の方から聞こえてくるそれは。  輝雪は一も二もなく駆け出していた。
/31ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10人が本棚に入れています
本棚に追加