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社長と渚は揃って輝雪を見ていた。二人とも目をぱちくりさせている。
それもそのはず、あの輝雪がおかしいのだ。いつもは社長よりもしっかり者と評されている輝雪がここ数日、ミスを連発している。十部でいいコピーを百部してしまったり、制服を前後ろ反対に着てしまったり。コーヒーに塩を入れてしまったときは、社長が犠牲になった。
「あの……輝雪くん……? 最近どうしたの……?」
ついに見ていられなくなって、社長が尋ねた。
「え? なにが?」
「いやいや!! 自覚なし!? 最近おかしいよ!!」
輝雪はガシガシ頭をかいた。
「……気になってる、子がいて……」
その言葉に社長も渚も色めき立つ。
「キーくんもしかして」
「社長、これはもしかしてもしかすると!?」
二人は顔を居合わせる。
「恋!?」
社長と渚の声が重なった。
「は!?」
大声を上げる輝雪を無視して二人は話を進める。
「いやー、あのキーくんにもついに春が来たかぁ」
「せーいしゅーん! ねぇねぇ社長! 『お前に息子はやらん!』とかやるの!?」
「いやいやむしろ大歓迎だよ。可愛い子ならなおよし!」
口をパクパクしている輝雪を放置して、二人は盛り上がっている。輝雪はわなわなと震えた。
「話を聞けー!!」
いつものごとく、事務所内に輝雪の怒鳴り声が響き渡った。
「ったく……」
輝雪は海沿いの県道を歩いていた。あの二人の追及がうるさすぎて、買出しと言って出てきたのだ。切れかけていた風呂場の電球だけ買って、家路に就く。
あれ以来、あの声の持ち主とは遭遇できずにいた。同じ学校なのは確かだが、生徒なのか先生なのかさえ分からない。友達に聞いてもみたが空振りだった。
どうやったら、会えるのだろうか。
その時だった。輝雪は驚きのあまりばっと顔を上げる。海の方から聞こえてくるそれは。
輝雪は一も二もなく駆け出していた。
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