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お腹もいっぱいになって
お店から出ると
先程と
うって変わって
空が薄暗くなっていて
今にも雨が降りだしそう
『なんか…降りそうだね』
空を見上げる彼を見ながら
ふと
初めて会った花屋の店先での光景を思い出した
『…桐谷さんはあの日…
初めて会った日
どうしてわざわざお礼…なんて言って
お店を教えてくれたんですか?
あんなハンカチ一つ…
大した事じゃないのに』
『うー…ん…
普段なら知らない人から借り物なんてしないし
ましてや自分の職場なんて教えないんだけど
気になったから…かな…
君の事が』
そう言う桐谷さんの目が
優しく笑う
『…気になった…?』
『うん…
もう一度会いたいって思った』
私の髪を撫でながら
その時の事を思い出すような彼の表情に
胸の奥が
ツン…って
なんか変な感じ
時々見え隠れする
何かを思い出す
彼のそんな顔
なんとなく…掛ける言葉を失ってしまって
ふ…と息をついた時
ビュゥッ…
一瞬の突風が私たちを煽った
『キャッ…!!』
桐谷さんが咄嗟に私を抱き締めて
『大丈夫』
舞い上がる砂埃から
守ってくれた
それからすぐに風は止んだけど
『あー…
せっかくセットした髪…
グチャグチャになっちゃった…』
急にあんな風が吹くから
頑張ってブローしたのが台無し
手櫛で髪を整えてると
クククッ…と笑った桐谷さんが
財布のカード入れから二本のピンを出した
『君の恋人の職業…
忘れてない?』
『……?』
『じっとしてて?』
次の瞬間
桐谷さんは私の髪を手櫛でササッと整えて
口にくわえたピンを
チョコチョコと付けていく
『はい…できた』
所要時間は多分…数秒
たった二本のヘアピンが
私の髪に魔法をかける
横にあるウィンドーガラスに映った
可愛らしくヘアアレンジされた自分に
ただ嬉しくて
『わぁっ…すごい…!!
ありがとうございます…っ…』
『自分の恋人を可愛くするのは当然…でしょ?』
彼の腕が
私を引き寄せて
抱き締めて
額にキスを落とした
『…ねぇ…っ
あれって桐谷奨太じゃない?』
『えっ…奨太…っ!?』
声のする方を振り返ると
先日の
桐谷さんの常連客さん
彼女の表情から
好意的な感情は感じる事ができない
むしろ
冷たい視線は
私…一点に集中していた
《13━》
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