第四章

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遠くからでも分かる怒鳴るような声に、落窪姫は右近の少将の手をさっと払いのけて、几帳の外に飛び出します。 物憂げな様子の姫の前にある、手の付けられた様子の無い絹を見て、北の方はフンと大きく鼻を鳴らしました。 「はんっ!これはどういうことだい? 全く手を付けていないじゃないか!」 北の方は落窪姫をジロリと睨みつけます。 「私たちが石山詣に出向いている間に、いったい何があったんだろうねぇ。 この頃お前は言いつけも守らず、阿漕のことも独り占めして、身を飾ることにかまけている様だけど……」 その視線は、姫の綺麗に梳かれた髪や、いつもより上等な衣。そして心なしか艶を増したお顔に注がれます。 落窪姫は、北の方が手紙のことを臭わせているような気がして、胸の中がハラハラ致しました。 「少し気分が優れなかったものですから。 申し訳ありません、これはすぐに仕立てますわ。ですからどうか、お許しください」 落窪姫がすがるようにそう答えても、北の方はぶつぶつ文句を言いながら、姫の様子を上から下に眺めるのです。そして、姫の後ろにある見慣れぬ上等な直衣(ノウシ・貴族男性の普段着)を見つけてしまったのです。
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