第四章

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「ちょっと、なんだい? その直衣は」 目を吊り上げる北の方に、阿漕は咄嗟に申しました。 「それは、姫様の裁縫の腕を見込んで、私の知り合いの主人の方に頼まれた縫物でございます」 もしも直衣を引っ張られでもしたら、それを着ている右近の少将の存在が明らかになってしまいます。 ですから阿漕は持ち前の機転の良さで、咄嗟に嘘を吐いたのです。 「ふーん、そうかい。他の縫物は出来るのに、私の頼みは聞けないっていうことか。 それならお前の世話をしている甲斐なんて、あったもんじゃないよ。 あー嫌だ嫌だ。こんな恩知らずな娘は、この家から追い出してやろうかねぇ」 北の方はたっぷりと嫌味を言いながら、新たに持ってきた布を残して、大股で自分の部屋に戻りました。 (追い出す、追い出すって。 本当は姫様のことを手放したくないくせに、良く言うわ!あんかんべーっだ!) 阿漕は北の方の後姿にこっそり舌を出しました。 その様子を見ていた右近の少将の口から、クスクスを笑い声が漏れて参ります。 「あらっ、見ていらしたんですか?」 「ふふ、いいぞ阿漕。その意気だ。 まったくなんて口の利き様なんだろうね、あの人は」 少将の言葉に、阿漕も肩を竦めて笑いました。
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