第五章

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「じゃあ、こちらをお願いできますか?」 落窪姫の優しい丁寧な口のきき方に、夏月は一瞬何かを考えるような素振りを見せて、思い切って口を開きました。 「こんな事を申し上げると、口のうまいやつだと思われそうですが……」 少し張りつめたその声に、落窪姫は首を傾げます。 その仕草の可愛らしさに、夏月の心も緩みました。 「私は今、三の君様にお仕えしておりますけれど。あちらの姫様より、貴方様の方が余程器量もよろしく、御気立てもお優しくいらっしゃいますわ。 女房の中にも、落窪の君様に心を寄せる者もいるのです。 けれど、北の方様の手前、そんな素振りを見せることなど許されないので、常々心の内だけで、お慕いしていたのです。 こうしてお会いした今、それを貴方様にどうしてもお伝えしたくて……」 夏月はそう言って、恥ずかしそうに俯きます。 その手に、落窪姫の白く小さな手が重ねられました。 「そんなことを言われたの、私初めてですわ。ありがとう、夏月さん。 私、このお邸では、自分を好いてくれるのは阿漕だけだと思っていたもの。 本当に、嬉しいですわ」
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