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阿漕の目に映る落窪姫の後姿は、柔らかな紫苑色の綾織りの絹に、白の袷。その上に、右近の少将にもらった綾の単衣を重ね、綺麗に梳かれた黒髪が美しく輝いておりました。
(ああ、せめて、今日この時に、少将様がいらっしゃって下されば)
その美しい姿を涙の溜まる眼で眺めながら、阿漕は胸が締め付けられました。
あの剣幕の北の方なら、どんな酷い事をしでかすか。
そう思うと、目の前が暗くなり、床に伏すと嗚咽まで上がって参ります。
けれど、阿漕は震える肩を、膝を。必死に擦って自分を奮い立てました。
(泣いていても、しかたがないわ。まずは……)
落窪姫の部屋に散らばった、宮家縁のわずかばかりの道具箱や鏡、右近の少将からの文をそっと整え、阿漕はそれを自分の局に隠しました。
そうでもしなければ、事あるごとに姫の母君の形見の品を狙う北の方に、ごっそり奪われてしまうでしょう。
味方など一人もいないこのお邸で、滲む涙を必死でこらえながら、阿漕は気丈に振る舞いました。
(なんとかして、なんとかして……。姫様をお救いしないと)
阿漕は心を決めて、その手に筆を取り、さらさらと文を書き始めたのでございます。
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