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誰かに見咎められぬよう、阿漕は二人がお部屋に入ると、あたりをきょろきょろ見渡しながら、引き戸を閉めました。
「阿漕、お前目が腫れてるじゃないかっ。泣いたのか?どうしたんだよ、お前がそんな風になるなんて……」
気丈な阿漕を良く知る惟成は、呆然とその顔を眺めます。
阿漕は張りつめていた気が一気に緩んで、堪えていた涙をはたはた流し始めました。
「実はっ、姫様が……」
阿漕が事の顛末を話し始めると、惟成はぎょっとし、右近の少将は、その美しい細眉をしかめます。
「もう、どうしていいか分からずに、私、私……」
「阿漕、良く一人で頑張ったね。だが、あと一仕事してくれないだろうか。
日も落ちたから、今なら人目にも付きにくいだろう。
姫の所へ行って、私の言葉を伝えてほしいんだ。いいかい?」
右近の少将が美しい綾織りの衣で、阿漕の涙をぬぐいます。阿漕はその優しさに、右近の少将の深い愛情を感じて、力強く頷きました。
「また今宵も、貴方にお会いできると喜んで参りましたのに、こんなことになったのが悔しくてたまりません。けれど、私の愛情は増すばかりです。決して貴方を見捨てずに、必ずお助けすると約束致しますので、どうか堪えて下さい。――そう、姫にお伝えしておくれ」
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