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阿漕が右近の少将の伝言を胸に、北の物置に向かっている頃。
その狭く息苦しいお部屋の中で、落窪姫は右近の少将のことを想っておりました。
昨日までなら、もうすでに少将の腕の中で安らかに過ごしていただろうと、胸が詰まります。
(もう、少将様にお会いできないのかしら。末永く契り合うとお約束したのに、それはもう叶わないのかしら)
ほんの少し前なら、辛いことがあると、亡き母に迎えられ現世を離れてしまいたいと願っていた姫が、今は生きて少将の胸に抱かれたいと思っているのです。
(少将様は、今、何をしておいでなのかしら)
二人で向かい合って縫物を仕立てたことが、もうずいぶん昔のように感じられて、落窪姫は瞼をぎゅっと閉じました。
そこへ、阿漕が衣擦れのする単衣を脱ぎ去り、長袴の裾をたくし上げて、忍び足で近づきます。
夜も深くなってきたせいか、見張りの者も見当たりません。
「姫様? 阿漕にございます。姫様?」
戸を数回叩いて阿漕が声を掛けると、落窪姫ははっと目を開いて、そちらにお顔を寄せました。
「阿漕なの? ああ、良かった。追い出されなかったのね?」
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