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阿漕はすっと立ち上がり、見つからぬよう遠回りして少将の所へ戻りました。
阿漕の部屋に残された惟成は、隣に座る右近の少将の顔を見て驚きを隠せません。
いつもは快活で優しげなその顔が、静かな怒りに冷たく冴えているのです。
(綺麗な方が怒ると、本当に怖いんだな)
初めて見る少将のそんな表情に、惟成は見惚れる気分です。
一方右近の少将は、その静かな表情の中で、胸の内は激しい怒りが渦巻いておりました。
(今すぐにでも、北の方を殴り倒してやりたい気分だ。
それにしても……。中納言殿も、自分の妻の浅はかな嘘も見破れないとは、お歳とはいえ救いようがない。
それに私自身も、北の方の意地の悪さを、甘く見すぎていたようだ。こんなことになるなら、多少問題になっても、姫をさらってしまえば良かった)
右近の少将は、自分の事を許せない気持ちなのです。
「姫を連れ出せる機会があったら、すぐに知らせてほしい。飛んでくるから。それまで、姫のことを頼んだよ?阿漕」
戻ってきた阿漕にそう告げると、右近の少将と惟成は自分の邸に戻りました。
その後ろ姿を見送りながら、この問題が片付かなければ、自分も惟成と会うことがままならないのだと、阿漕は深くため息をついたのでございます。
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