第六章

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落窪姫は胸がドキドキ致しましたが、北の方が三郎君を叱って追い立てる隙に、文を自分の膝の下に隠してしまいました。 「まったく、余計な事ばかりしでかすんだから……」 ぶつぶつと文句を言う北の方をこれ以上怒らせないために、落窪姫は大急ぎで笛の袋を縫い上げたのです。 出来上がった袋を満足そうに眺めると、北の方は部屋の戸を閉めるのも忘れて、すぐにそれを蔵人の少将の所へ持って行きました。 落窪姫はこの隙にとばかりに、隠した文を広げます。 そこには少将の綺麗な手蹟で、姫への想いが綴られております。 『命があれば必ず再びお会いすることが出来るはず。だから気を強く持ってください。私の心は、貴方と共に、そこ部屋に閉じ込められているのですよ』 少将の優しい心に、落窪姫も何とか返事を書きたいのですが、この部屋には筆も硯もございません。 そこで、先ほどまで縫物に使っていた針で紙をつついて、何とか返事を書いたのです。 (ちゃんと読んでいただけるかしら……) 針で書いた文字を落窪姫が眺めていると、袋の出来を褒められて満足した北の方が、部屋の戸を閉める為に戻ってきてしまいました。 「またこのお部屋は閉め切りますからね。そうしないと、私が中納言殿に叱られますから」
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