第六章

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戸を閉めようとする北の方に、落窪姫は膝を進めます。 「お待ちくださいっ。阿漕に、私の櫛の箱だけでも持ってきてくれるよう、仰って下さいませんか……。 せめて、それだけでもっ」 折角書いた返事を渡したくて、落窪姫は必死にそう申しました。 (なんだい、いきなりそんなこと言い出して……。でもまあ、そのくらいなら……) 訝しげに片眉を上げた北の方ですが、袋も上手に縫わせたし、今夜には典薬助が姫を手籠めにすると思うと気も緩んだのか、すぐに阿漕を呼びつけました。 察しのいい阿漕は、きっと文をやり取りするための算段だろうと、北の方の視線を遮るように櫛の箱を姫に渡します。 案の定、箱の下から差し出された文をさっと袖に仕舞って、阿漕は落窪姫に力強く微笑みました。 今までは、北の方の目を気にしてただひたすら言いつけを守り、肩身を狭くしていた落窪姫ですが。 その北の方の目を盗んで、このように機転を利かせる行動に出たことを、阿漕は素直に嬉しく思います。 そしてその針で書かれた返事を受け取った右近の少将も、そうまでして自分に返事を書いてくれた落窪姫の心に、強く胸を突かれたのです。 (絶対にあの継母に、これ以上ないほどつらい思いをさせてやる) 右近の少将は、落窪姫からの文を胸に抱きながら、例え様のない怒りを抱いたのでございました。
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