第六章

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そんな右近の少将とは打って変わって、浮かれてお邸をそぞろ歩く翁が一人。 北の方の叔父である、典薬助にございます。 皆が寝静まるのが待ちきれず、とうとう阿漕の局までやって来たのです。 「阿漕ちゃん、こんばんは」 下卑た笑みを浮かべる典薬助に、阿漕は顔をしかめます。 (ったくこの爺さんは、いい歳して相変わらずの好きモノ振りねっ) 阿漕のように見目良い女房は、典薬助にしつこくお尻を追いかけられた経験がございます。 少しでも笑顔を見せようものなら、ここぞとばかりにその隙をついてくるので、阿漕はその顔をきっと引き締めました。 「あらまあ、こんな所に何の御用ですか?まさかご自分のお部屋の場所が、分からなくなったとでも仰るのかしら」 阿漕の嫌味も、浮かれた典薬助には可愛らしく聞こえます。 「ほ、ほ、ほ。いやなに、明日になれば阿漕ちゃんも、この翁を主人と思って仕えてくれるだろうから、今のうちに挨拶でもしておこうと思ってねえ」 返ってきた返事がさっぱり要領を得ないので、阿漕はさらに顔をしかめます。 「いったい何のことを仰っているのかしら?」
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