第六章

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「お気持ちはとても嬉しいのですけど、今は本当に胸が痛んでどうしようもないのですわ。 ですからどうか、今夜はお許しください、お願いでございます」 胸元に差しこまれた典薬助の手を抑えながら、落窪姫は声を絞り出します。 けれど典薬助は姫から身を離すことなくしっかりと抱きしめて、尚もにやにやしながら申しました。 「そんなに苦しいのだったら、この翁がお姫さんの代わりに病になって差し上げますぞ」 そう言ってさらに落窪姫を引き寄せようとするので、姫は絶望で気が遠くなる想いなのです。 そこへ、見つからないように身をひそめていた阿漕が、そっと様子を窺いに参りました。 物置の周りを見ると、人影はありません。けれど、その扉が少しだけ開いているのが見えて、阿漕は忍び足で近づきました。 物置の中を覗き込むと、すでに典薬助が落窪姫を抱きかかえているのが見えて、阿漕はぎょっと致します。 (私の大事な姫様に、あの汚らしい手で触れるなんてっ!) 阿漕は怒りに震えながら、物置の中に押し入りました。 「今日は姫様の忌日だと、はっきり申し上げたじゃないですかっ。 それなのにお部屋に入りこんでこんなことなさるなんて、あんまりですわ!」
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