第六章

12/50
前へ
/378ページ
次へ
突然誹りを受けて、流石の典薬助もむっとして阿漕に答えます。 「何を言っておるのじゃ。わしはお姫さんが胸が苦しいと言うから、診察して差し上げてたんじゃぞっ。 それを男女の仲を迫ったかのように……」 阿漕が二人の様子を窺うと、なるほどまだ、帯紐も解かれた様子はありません。 けれど医者とは名ばかりの耄碌爺さんに、どんな見立てが出来るのかと、阿漕は典薬助を睨みつけました。 「そんな風に姫様を抱えていても、治るものも治りませんわっ。 温石(オンジャク・焼いた石を布でくるんだもの)を胸に当てて、温めてはどうでしょう」 阿漕がそう言うと、落窪姫も 「そうね、そうして頂きたいわ」 そう言って典薬助の腕を逃れようと致します。 阿漕はここぞとばかりに膝を進めて、典薬助に申しました。 「私のような下っ端の女房が頼んでも、こんな夜中に誰も温石の用意などしてはくれませんわ。 今は貴方様だけが頼りにございます。 婿君として、姫様に誠意を見せる、良い機会にございましょう。 どうか温石を調達してきてくださいませ」 そのように懇願されては、典薬助も悪い気は致しません。
/378ページ

最初のコメントを投稿しよう!

860人が本棚に入れています
本棚に追加