第六章

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(嗚呼もうっ。なんでこんなに早く帰ってくるのよっ。誰がこの爺さんに温石なんか都合してあげたのかしら) 阿漕は心の中で悪態をつきながら、落窪姫に目配せいたしました。 落窪姫もそれを察して、典薬助の機嫌を取るために、自ら温石を受け取ります。 「ああ、温かい。大変助かりましたわ。ありがとうございます」 全く心など籠っていないお礼ですが、典薬助は気を良くし、自分の衣装の帯紐を解いて、横たわりながら姫を抱き寄せようとしたのです。 「私の大切な婿君様。どうか今宵はそのような事はなさらないでくださいませ。 酷く胸が痛んで、横になるよりも、こうして起きていた方が幾分具合もましなのですわ。 これから先の私との将来を、大切に想って下さるのなら、今宵は何もせず、ゆっくりとお休みになって?」 落窪姫は必死に笑顔を作って、典薬助に申しました。 典薬助も、先ほどより余程柔らかくなった姫の態度に気を許し、確かに今宵は無理をしない方が良さそうだと、体を起こして申します。 「わしはお姫さんのことを心から大切に想っておりますのじゃ。じゃから、わしに寄りかかって休むとええじゃろう」 そう言って肩をポンポン叩く典薬助に、阿漕はあきれてモノも言えません。
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