第六章

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「阿漕さん、ちょっとお聞きしたことがあるのですわ。 落窪の君様の事なんだけれど、ちょっと御用があってお部屋に伺ったら、なんだか戸は閉め切られ、中にもいらっしゃらないご様子で……。 何かあったのかしら?」 阿漕は夏月の言葉に、少しだけ警戒を見せます。夏月は阿漕にも親切な先輩女房でしたが、三の君に仕えているのです。 不用意なことを申せば、それが北の方の耳に入る可能性があると、探り探り口を開きました。 「落窪の君様のことでございますか? さあ、私も最近はあまりあちらとは……。 でも、どうされたんです?急に。落窪様にどのような御用だったのですか?」 阿漕の言葉に、夏月は以前縫物の手伝いに行った時の事や、落窪姫に興味を持っている交野の少将のことを、かいつまんで説明致します。 「それで、この間交野様のお邸に伺ったとき、お文を預かってきたのですわ。 それをこっそりお届けしようとしたんですけど……」 夏月の顔に、落窪姫に寄せる同情の気持ちを読み取った阿漕は、警戒を解いて、事の次第を打ち明けました。 すると、夏月の目にはみるみる涙が浮かんで、「そんな酷い事が」と、吐き出すように申したのです。
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