第六章

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「遅かったじゃないか。ずっと待ってたんだぞ」 部屋に戻るなり、惟成が立ち上がって阿漕を胸に抱きしめます。 「ちょっと、惟成さんっ。いきなりなんなのよぉ……」 阿漕はいつものように憎まれ口を叩こうと致しますが、やはり久しぶりに夫の抱擁は心地よく、惟成の胸に顔を埋めてしまいました。 (お文を落とすなんて失敗して、もう許してやらないと思ったけど。惚れた弱みよね……) 自分を抱きしめる力の強さに、阿漕は久々に恋心を思い出しました。 ここ数日、落窪姫が物置に閉じ込められたり、典薬助に襲われそうになったり。酷い事ばかり、自分のことなど考える余裕も無かったのです。 「大変だったなぁ、阿漕。俺がへましちまったせいで、本当に苦労を掛けたよ。 それで、姫様のご様子は? 若様も文の返事が来ないので、それはもう心配なさっておいでなんだ」 「そうだったわっ。お返事は書いていただくことが出来たのだけど……。 まあ、座って。色々ありすぎて話さなきゃいけないことがたくさんあるの」 確かにいつも元気の良い阿漕の顔に、疲労の色が見えるので、惟成はどれだけ酷い事があったのだろうと、唾を飲み込みました。
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