第六章

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鍵をこっそり盗み出そうと思っていた阿漕は、北の方のずる賢さに、肩の落ちる想いなのです。 けれど、いざとなったら戸など壊せばいいと、祭り見物の行列が出かけるのを、見届けることに致しました。 その中に、先輩女房の夏月の姿がございます。 (夏月さん、ありがとう。貴方のおかげで、昨夜は無事にやり過ごせたわ) そう思いながらその背を見つめていると、夏月は何かを探すように視線を彷徨わせます。 そうして物陰に隠れる阿漕の姿を見止めて、小さく口を動かしたのです。 『が ん ば っ て ね』 ゆっくりと動く唇は、そう言っているように見えて、阿漕は嬉しくて拳を掲げて見せました。 (落ち着いたら、早速右近の少将様に頼んで、夏月さんをお呼びしなきゃね) 阿漕は初めてできた親しい友人に心を温かくさせながら、人が出払ったことを知らせる文を、使いの者に持たせます。 程なく、見慣れぬ牛車が中納言邸に近づいて参りました。 いつもの華やかな車ではなく、身分を隠すように、朽ち葉色の下簾を掛けて女車に見せかけて、大勢の男の伴を従えております。 惟成も馬に乗り、その一行を先導しておりました。
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