第六章

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いつもは門の周りを見張っている家人たちも、今日は祭り見物のお伴についていないので、惟成は邸の中にすっと入り込みます。 「阿漕、少将様の御車はどこに着ければいいんだ?」 迎えに出てきた阿漕に、馬から降りた惟成は駆け寄りました。 今日は人も殆ど残っていないので、落窪姫をすぐに助け出せるように、と。阿漕は物置がある寝殿の北の方に車を着けるよう、惟成に申します。 さっそく邸の最奥の寝殿の方へ車を動かしている所へ、邸に残っていた家人が何事かとやって参りました。 「お待ちください。これは何方の御車ですか。今日は、お邸の方々は祭り見物の為に、出払っておりますが、何用ですか」 案内も無しにこんな邸の奥までやって来た車を、男は訝しげに眺めます。 「ああこれは申し訳ない。怪しい者ではございません。こちらがお留守だと知らずに、知り合いの女房を訪ねてきた、ご婦人が乗られているのです」 すぐに惟成が進み出て、適当な理由をでっち上げました。 男はその姿を見ると、確かに惟成の事は見かけたことがあるし、牛車も女車の風情だな、と。それ以上は追及せずに去って行きました。 (はあ、良かった。うまく騙せたようだ)
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