第六章

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落窪姫のお顔が周りに見えぬよう姫に扇を持たせ、大切そうに抱き上げて運ぶ右近の少将の姿は、周りにいた伴人にため息を吐かせます。 もちろん阿漕も、その姿を潤んだ瞳で眺めておりました。 「阿漕、お前も一緒に乗りなさい」 右近の少将に声を掛けられて、阿漕ははっと致します。 すぐにでもこのお邸を出て行きたい所ですが、阿漕にはもう一つだけ、大事な仕事がございました。 「すぐに戻りますので、少しだけお待ちください」 そう言って急いで自分の部屋に戻ると、まとめておいた荷物と、典薬助から落窪姫に送られた、後朝の文を手に取ったのです。 (あのクソばばあに、典薬の爺さんと姫様が、夫婦になったと勘違いされたままなのは、我慢がならないもの。 これを読んで、がっかりすればいいんだわ!) 阿漕の手にする文には、『昨夜は悔しい思いをした』と、はっきり書かれているのです。 これを見た北の方の悔しがる様子を想像しながら、阿漕はその文を、寝殿の目に付くところにポンと放りました。 (何年も暮らしたお邸だけど、何の思い入れも無いわっ。 やっとここを出て行ける事になって、清々する!! どんなに頼み込まれても、もう二度とこのお邸の敷居は、跨ぎませんからね―――だっ!!)
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