第三章

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其の壱 「阿漕っ! あーこーぎー!?」 その日の中納言邸は大変なにぎわいで、阿漕を呼びつける北の方の声もいつもより数倍大声で、阿漕は急いで袴を滑らせます。 「お呼びでございますか?」 「石山寺に願ほどきの参拝をすることになったから、お前も支度をなさい」 北の方は、家人にあれやこれよと指図しながら、阿漕に申しました。 石山寺は、琵琶湖の南端に位置する、都で人気のお寺です。 厄除け・安産・縁結びなど、様々なご利益を求めて、貴族も庶民も願をかけるために石山寺を訪れたのです。 この時の中納言邸では、その祈願の叶ったお礼参りに赴くため、お邸総出で支度をしているのでした。 この時代、男も女も泊まり旅など、そう度々行くことが出来ないので、皆がこぞって石山詣でに加わりたいと思っていたのです。 「北の方様、どうか落窪姫もお連れ下さいませ。 このお邸に一人だけ取り残されるのは、お可哀想ですわ」 一人の女房が、恐る恐るといった面持ちで、北の方様に申し入れました。
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